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コラム

No.02 よし!子どもをメディア漬けにするゾ!

近所で開催された、『子どもとメディアの付き合い方講座』なるものへ行ってみました。
ここで言う『メディア』というのは、主に『スマートフォン』や『パソコン』など、インターネットに接続できる機器のことです。
子どもがそれらの機器を使用することで、どのような悪影響があるのかを知っておきましょう、というのが講座の主な内容でした。

まぁ内容に関しては概ね納得できたのですが、一応 IT 業界の中で生きてきた僕にとっては、反骨精神がヨッコラショ! と顔を出してくる場面も結構あったわけです。
そこで、僕が個人的に思うところの、『子どもとメディアの付き合い方』についてを、講座の内容と比較しながら書いてみます。

まず、インターネットが子どもにとってどういうものかについては、講座の中で言っていることも、僕が考えていることも、基本的には同じです。
それは2つあって、
1. インターネットは便利である(メリット)
2. インターネットは危険である(リスク)
ということです。
メリットもあればリスクもあり、しかもその影響力が大きいという意味では、自動車の運転と同じですね。
事故を起こすリスクがあるものの、移動の便利さ(特に地方では)を優先させている人が大多数であるのが自動車です。
自動車の運転の場合は『メリット』を優先させている事例ということになります。

これとは逆に、インターネットの『リスク』の部分に焦点をあて、子どものうちはネット接続可能な機器を使わせるべきではない、としているのが今回の講座の内容です。
これ、言わんとすることは確かによくわかるのです。
よくわかるのですが…
それを言っちゃあおしめえよ、さくら!と心の中で声がするんですよ… 寅さんの。

インターネットをどのように利用するかは、それを使用・管理する人の能力に委ねられる部分が大きいです。
つまり、使用する本人や親の『IT リテラシー』や『情報リテラシー』や『メディアリテラシー』など、コンピューターをはじめとする IT 技術を総合的に使いこなす能力が重要になってきます。
これは、インスタグラムでイェーイ! とか写メって満足するなど、特定のアプリのみを使いこなしたり、スマホなどのデジタル機器を自在に操作できるような能力とは違います。
使用する本人や親が、情報技術を自分の目的に応じて効率良く安全に活用できるということであれば、むしろネット接続可能な機器には積極的に触れておくべきです。

10年後や20年後、太郎が社会に出る頃には、人工知能やロボット技術の急速な発達により、社会のありかたや働き方は大きく変わっているだろうと予測されています。
そのような社会で、テクノロジーとの上手なかかわりを持つことができないというのは、それだけで勝ち目の無い勝負に挑み続けるようなものです。
また、世の中が大きく変わろうとしているということは、さまざまなチャンスが無限に転がっているということでもあります。
情報技術を便利に安全に使いこなし、思い付いたチャンスを形にすることができれば、革新的なものを生み出したり、より自分らしく生きていく道が開かれます。
これからの時代、IT リテラシーを身に付けておくのは当然のことであり、どうなるかわからない未来を生き抜くための大きな力になるはずです。
本人や親がリスク管理をできないのであれば、今はインターネットに触れさせるべきではないのかもしれませんが、できるだけ早い段階から情報関連の勉強を始め、小さな問題につまづきながらでも、IT リテラシーを獲得しておく必要があると思います。

講座の中では、子どもがスマホゲームに熱中したために起こってしまった、最悪のエピソードも紹介されました。
その内容によると、子どもがスマホゲームばかりしていたため、母親がスマホを取り上げようとしたら、子どもが発狂してスマホを投げ、それが母親の片目に当たり失明寸前になったというのです。
なるほど、世界は広いので、そういう最悪のエピソードだって起こる可能性はあります。
ただし、可能性の話をするのであれば、最高にハッピーなエピソードも紹介してほしいところですよね。
例えば、あるところにコンピューターオタクの少年がいて、1日中プログラミングをしていたら、マイクロソフトという会社ができて、世界一のお金持ちになって、世界一の慈善事業家になった人がいるんですよ、とかね。

そもそも、子どもがスマホを投げた理由というのは、楽しい時間を中断されたことによって激おこプンプン状態になったことが原因です。
つまり、他の楽しい事に熱中している場面でも、同じ悲劇が起こりうる可能性があるわけで、スマホが悪いというわけではないでしょう。
スマホがどうこうより、場面の切り替えを上手に促すための工夫や、子どもが心を落ち着かせるための時間をどのように確保するべきか、ということを考えるための事例のように僕には思えます。

ただ、スマホゲームを子どもにさせるべきではないという考えには、僕も同意です。
スマホは画面が小さすぎて、その範囲内でできるような、ただの暇潰しゲームには何の意味もありません。
はっきり言って、ウルトラスーパーグレートデリシャスワンダフル時間の無駄ですね。
ゲームをするのであれば、テレビゲームやパソコンゲームなど、画面が大きくて情報量が多いゲームにするべきで、そんなゲームにきちんと熱中できているのであれば、特に問題は無いと思っています。
なぜなら、現在のトップクリエイター達は、子どもの頃にテレビゲームに夢中になっていた人達ばかりだからです(たぶん…)。
ファミコンとかカセットビジョンとか、あとゲームができるパソコンの MSX とか X6800 とか、ぎりぎり FM TOWNS とか、そういった夢のようなゲーム機のおかげで、当時の子ども達の感受性は鍛えられたのです。

大人のものさしで見ると、そんなゲームなんかで、自己肯定感が高まったり、問題発見能力や解決能力が高まったり、創造力が鍛えられたり、論理的思考ができるようになったりするはずがないと思ってしまいがちですが、子どもにとっては意外とそうでもありません。
子どもの頃に、『ドラクエ』とか『シムシティ』とか『ストⅡ』とか『信長の野望』などに熱中したことのある人なら、ゲームの中で得られた、人生を生き抜くための力の存在を感じているのではないでしょうか。
スマホの暇潰しゲームなんかではなく、複雑で難解なゲームに熱中している時は、脳の神経細胞がメラメラと活発に発達しています。
このような脳の状態こそが『学習』の本質だと僕は思っています。
そう考えれば、ばかみたいにゲームに熱中している子どもの姿を見ても、少しはやさしい気持ちになれるのではないでしょうか。
あと、アスペルガーの子どもは一度熱中すると永遠に終わりが来ないので、ある程度の時間の管理は親がするべきですけどね。

一応保身のために書いておきますが、スマホゲームに熱中している大人を非難しているわけではありませんよ。
大人の脳神経細胞は、もうこれ以上発達することは無いので、暇潰しゲームで時間を大いに浪費してもらって結構です!キリッ

話が脱線してきたので戻しますが、『子どもとメディアの付き合い方講座』の内容と僕が思っていることは、基本的には同じということです。
違うところといえば、メリットを優先させるということだけで、できるだけ情報技術関連の勉強に時間を費やし、インターネットに触れる機会を積極的に作っていきましょうというのが僕の考えです。
早い段階から『IT リテラシー』を身に付け、フェイクニュースや悪意をもった情報に対する判断力を獲得したり、できれば自ら情報発信することで、世の中には多様な考え方の人が存在する(同じ情報に対して「最高!」と言う人もいれば「死ね!」という人もいることなど)という感覚にも慣れておけば、10年後や20年後にきっと役立つはずです。

未来のことをいろいろと考えたついでに、未来の自分へ向けての忠告も書いておこうと思います。
今後、見たことも無いような斬新で便利な IT 技術が、次々と世の中に誕生し、多くのイノベーションが起こることでしょう。
そして、いつか僕は、そのようなテクノロジーに付いて行けなくなる時が来ます。
その反面、子ども達は自由自在に使いこなし、冷ややかな視線で僕を見るのです。
『時代遅れの父ちゃん、恥ずかしいなぁ…』という心の声とともに。
そんな追い詰められた状態の時に、「ワシらの時代にはのォ、そんなチャラチャラした技術は無かったのじゃ、いいからさっさとテスト勉強せんかー!」なんてイタいことを言ってしまわないように、今のうちから用心しておかないと!

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